| 資料4 室の八嶋に詣す。同行曽良が曰、「此神は木の花さくや姫の神と申て富士一躰也。無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見のみこと生れ給ひしより室の八嶋と申。又煙を読習し侍もこの謂也」。将、このしろといふ魚を禁ず。縁記の旨世に伝ふ事も侍し。 小田(小山)ヨリ飯塚ヘ一リ半。木沢(喜沢)ト云所ヨリ左ヘ切ル。 此間姿川越ル。飯塚ヨリ壬生ヘ一リ半。飯塚ノ宿ハヅレヨリ左ヘキレ、小クラ川(現思川)川原ヲ通リ、川ヲ越、ソウシヤガシト云船ツキノ上ヘカヽリ、室ノ八嶋ヘ行(乾ノ方五町バカリ)。 (曽良随行日記) |
渡良瀬遊水池の水郷風景への思いが断ちがたく、車を引き返して三国橋を渡った。三国橋のすぐ上流で思川と渡良瀬川が合い、またそこで下総(茨城)、下野(栃木)、武蔵(埼玉)の三国(県)が接する。橋を渡ったところは北川辺町という所だった。| この塔は五輪の塔で鎌倉時代の様式であり、この地方の豪族が供養塔として建立したものと言われています。−−この付近は『紫』という地名であることから、源氏物語の作者である紫式部の墓と、言われるようになったと思われます。 |
| 煙たつ室の八島にあらぬ身はこがれしことぞくやしかりける | 大江匡房 |
| いかでかは思ひありとも知らすべき室の八島の煙ならでは | 藤原実方 |
| 暮るる夜は衛士のたく火をそれと見よ室の八島も都ならねば | 藤原定家 |
| ながむればさびしくもあるか煙たつ室の八島の雪の下もえ | 源時実朝 |
| 東路の室の八島の秋のいろそれともわからぬ夕けふりかな | 連歌師宗長 |
同行の曽良が芭蕉に言って聞かせた神話は、概略次のようなことだった。宮崎市のサイトにかわいいイラスト付の系図があるから、参照するとわかりやすい。 | トップへ 前ページへ 次ページへ |